てにして稽古にはいらないのを疑って、よそながらその様子を見とどけに来たのであった。来てみると、果たしてさのみの容態でもないらしいので、彼は紋作に意見した。たとい冠蔵と不和であろうとも、それがために芝居を怠っては座元にも済まない。自分のためにもならない。信州の旅興行には自分は一座していなかったから、どっちが理か非かよくは判らないが、ともかくも仲間同士が背中合わせになっているのはどっちのためにも悪い。冠蔵とは仲直りさせるように私がうまく扱ってやるから、きょうは我慢をして稽古にはいれ。まあ、なんにも云わずにこれから一緒に行けと、苦労人の紋七は噛んでふくめるように云い聞かせた。
ふだんからいろいろの世話になっている兄弟子が、こうしてわざわざ足を運んで来て、親切に意見をしてくれるのである。その厚意に対しても、紋作は強情を張っているわけには行かなくなった。もともとさしたる病気でもないので、結局かれは紋七の意見にしたがって、すぐに支度をして稽古にはいることになった。ふたりはお浜親子に見送られて小間物屋の店を出た。
楽屋へはいって、紋作はみんなと一緒に稽古にかかった。兄弟子が横眼でじろじろ視ている
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