若いお浜の嫉妬心はむらむらと渦巻いておこった。
「ねえ、紋作さん。そうでしょう。おまえさんには根岸のいい叔母さんが付いているからでしょう。芝居に行かなくっても、ここの家《うち》にいなくっても、ちっとも困らないんでしょう」
「そういう気楽な身分と見えるかしら。まあ、それでもいいのさ」と、紋作はやはり相手にしようとはしなかった。
 なんだか馬鹿扱いにされているようで、お浜はいよいよ口惜《くや》しくなった。かれは膝を突っかけて又何か云い出そうとする時に、下から母のお直の呼ぶ声がきこえた。
「お浜や。紋作さんのところへお客様」
 来客と聞いて、お浜もよんどころなく立ち上がって、階子《はしご》をあがって来る三十四五歳の芸人を迎えた。かれは紋作の兄弟子《あにでし》の紋七という男であった。
「お浜さん。いつも化粧《やつ》していやはるな。初日まえで忙がしいやろ」
 笑いながら挨拶して、紋七は長火鉢のまえに坐った。お浜が遠慮して起《た》ったあとで、彼はにこやかに云い出した。
「気分はどうや。えろう悪いか」
 かれは病気見舞に来たのであった。冠蔵と紋作との不和を知っている彼は、紋作がきのうから病気を云い立
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