りましては気が済みませんので……。ちょいとお前さんのお耳に入れて置きたいと存じますが……」
 お広はお直の乳母として雇われたものであったが、その儘そこに長年《ちょうねん》して、お直が生長の後までもばあや[#「ばあや」に傍点]と呼ばれて奉公しているのであった。年はもう四十ぐらいの大柄な女で、ふだんから正直でよく働くと云われていた。
「そこで、どんな話ですえ」と、半七は小声できいた。
「申してもよろしゅうございましょうか」
「なんでもいいから聴かせてもらおうじゃあねえか」
「では、これはただ内々で申し上げるのでございますが……」
 まえ置きをして、お広がそっと話し出すのを聴くと、お広はきょうお直と一緒に帰って来たというお力がどうも怪しいというのであった。お力の家は隣り町《ちょう》の倉田屋という瀬戸物屋で、甲州屋とはふだんから心安く交際しているのであるが、倉田屋の女房はひどく見得坊《みえぼう》で、おまけに僻《ひが》み根性《こんじょう》が強くて、お広の眼から見るとどうも面白くない質《たち》の女であるらしい。倉田屋には二人の娘があって、姉のお紋は今年十八で、妹のお力はお直と同い年の十三である。そ
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