々にも話して、あまの河の大きく横たわっている空の下を神田三河町まで急いで来たのであった。
「ねえ、なあ[#「なあ」に傍点]ちゃんはどうしたんでしょう」と、お粂はこの話を終って兄の顔を見つめた。
「なにしろ、甲州屋でも心配しているだろう」
 半七はこれにやや似た探索の経験をもっていた。それは前に云った「朝顔屋敷」の一件であるが、それとこれとは全く事情が違っているらしく感じられた。
「お師匠さんがあんまり叱ったから悪いんだわね」と、女房のお仙がそばから口を出した。
「そりゃあそうですともさ」と、お粂は腹立たしそうに答えた。「かみなり師匠があんまりがみがみ云うからですわ。何か悪い事でもしたというなら格別、たなばた様の短尺なんぞちっとぐらい出来が悪いからといって、そんなに叱る事はないじゃありませんか。まして男と違って女の子ですもの、むやみな叱言《こごと》を云えば何事が出来《しゅったい》するかわからない。一体、あの雷師匠が判らずやなんですからね、ただむやみに呶鳴《どな》り散らせばいいかと思って……。あんなことで子供たちを仕立てて行かれるもんですかよ」
 彼女は口をきわめて雷師匠を罵《ののし》った。まえにも云う通り、小左衛門は手堅い人物であるので、ふだんから自分の手習い子が遊芸の稽古所などへ通うのをあまり懌《よろこ》ばないふうであった。それが自然とお粂の耳にもひびいているので、この場合、かみなり師匠に対する彼女の反感は一層強いらしかった。
「大勢のまえであまり激しく叱り付けられたもんだから、気の小さいなあ[#「なあ」に傍点]ちゃんは朋輩にきまりも悪し、家《うち》へ帰れば又叱られるだろうと思って、可哀そうに何処へか姿をかくしてしまったんですよ。ひょっとすると、井戸か川へでも飛び込んだかも知れない。そうなれば師匠が弟子を殺したも同然じゃありませんか。かみなり師匠の奴が下手人《げしゅにん》ですわ」と、お粂は泣き声をふるわせて又罵った。
「まあ、静かにしろ」と、半七は叱るように云った。「そんなことは今更云ったって始まらねえ。まあ、落ち着いて考えさせてくれ。甲州屋の娘もまだ十二や十三じゃあ、色気の方は大丈夫だろう」
「そりゃあ大丈夫。そんなことの無いのはあたしが受け合います」
「内輪《うちわ》になにも面倒はあるめえな」
「そんなことはない筈です」
 お直には藤太郎という兄がある。両親も揃
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