をつけて、半七老人は団扇《うちわ》の手を働かせながら又話し出した。
「あれはたしか文久三年とおぼえています。なんでも六月の末でした。新宿の新屋敷……と云っても、今の若い方々は御存知ないかも知れませんが、今日《こんにち》の千駄ヶ谷の一部を俗に新屋敷と唱えまして、新屋敷六軒町、黒鍬町《くろくわちょう》、仲町通りなどという町名がありました。いつの時代にか新らしい屋敷町として開かれたので、新屋敷という名が出来たのでしょう。その辺には大名の下屋敷、旗本屋敷、そのほかにも小さい御家人《ごけにん》の屋敷がたくさんありまして、そのあいだには町屋《まちや》もまじっていましたが、一方には田や畑が広くつづいていて、いかにも場末らしい寂しいところでした。
 前にも申す通り、六月末の夕方、その仲町通りの空《あき》屋敷の塀外に人立ちがした。というのは、そこに不思議なものを見付けたからで、何十匹という蛇がからみ合ってとぐろをまいて、地面から小一尺もうず高く盛りあがっている。勿論、ここらで蛇や蛙をみるのは珍らしくないので、一匹や二匹|蜿《のた》くっているのならば、誰もそのままに見過ごしてしまうんですが、何分にもたくさ
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