なりましたら、ぜひ御案内をねがいます。わたくしは御承知の通り、奥州の方角は一向不案内ですから」
 庭の雨戸を軽くことこと[#「ことこと」に傍点]と叩くような物音がきこえた。雪の音らしくないので、二人は話をやめて思わず顔を見あわせると、その物音は又きこえた。おげんは初めて起ち上がって縁側へ出ると、澹山は片手をのばして行燈をひき寄せた。
「どなた、誰です」と、おげんは障子をあけながら声をかけた。
 外ではなんの返事もなかったが、雨戸をたたくような音はつづけて聞えた。おげんも根負けがして、雨戸を細目にあけながら、雪明かりの庭先をのぞいたかと思うと、忽ちあっ[#「あっ」に傍点]と叫んで座敷へ転げ込んで来て、澹山の膝のうえに半分倒れかかりながら、彼を掩うように両手をひろげた。澹山はすぐに手近の行燈を吹き消した。それとこれと殆ど同時に、ひと筋の手槍が暗いなかを縫ってきて、おげんの胸を突き透した。つづいて颯《さっ》という太刀風が彼女の小鬢をななめに掠《かす》めて通った。
 澹山はもうその時、おげんの背後《うしろ》にはいなかった。彼は早くも飛びさがって蝙蝠《こうもり》のように横手の壁に身をよせて息をの
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