、これなればと自分でも得心《とくしん》のまいるまで根《こん》よくやってみるよりほかはありません。お前様からもよくお父さんに取りなして置いてください。頼みます」
おげんは微笑《ほほえ》みながらうなずいた。片明かりの行燈は男と女の影を障子に映して、枕の草子の作者でなくても、憎きものに数えたいような影法師が黒くゆらいでいた。庭で銀杏《いちょう》の散るおとが又きこえた。
「千之丞殿の伯父御は先殿《せんとの》様の追腹《おいばら》を切られたとかいいますが、それはほんとうのことですか」と、澹山は思い出したように訊いた。
「確かなことは存じませんが、それは嘘だとか聞きました」と、おげんは躊躇《ちゅうちょ》せずに答えた。「先殿様の御葬式《おとむらい》がすむと間もなく、源太夫様もつづいてお亡《な》くなりなすったので、世間では追腹などと申しますが、ほんとうは千之丞様の親御《おやご》たちが寄りあつまって詰腹《つめばら》を切らせたのだとかいうことでござります」
「ほう。詰腹……」と、澹山は顔をしかめた。「武家では折りおりそんな噂を聞きますが、無得心のものを大勢がとりこめて切腹させる。考えてもおそろしい。しかし
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