くなった。ある者はよろめき、ある者は吹き倒されて、いずれも砂の上にうつ伏してしまった。船の軒にかけてあるほおずき[#「ほおずき」に傍点]提灯《ちょうちん》や、そこらに敷いてある毛氈や薄縁《うすべり》のたぐいは、何者かに引っ掴まれたように虚空《こくう》遙かに巻きあげられた。人々は悲鳴をあげてうろたえ騒いだ。
船頭どもは駈けまわって、めいめいが預かりの客をともかくも船のなかへ助け入れようと燥《あせ》っているうちに、きょうはどうしたものか、予定の時刻よりも出潮《でしお》が少し早いらしく、砂地のそこからもここからも無数の蟹が群がったように白い泡をぶくぶく噴き出して来たので、船頭どもは又あわてた。
「潮がさして来る。潮が来る」と、かれらは暴《つよ》い風と闘いながら叫びまわった。
颶風も幸いに長くなかった。しかし潮はだんだんに満ちてくるので、人々はいよいようろたえて船へ逃げあがった。死人は一人もなかったが、颶風が吹いて通るときに木の枝や何かを叩きつけられて、顔や手足に負傷した者もあった。吹き倒されて貝殻や石に傷つけられた者もあった。手拭などは吹き飛ばされて、男も女もみな散らし髪になってしまった
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