方はそうでない。男が死のうと覚悟するからには、死ぬだけの理窟があるに相違ない。どうしても生きていられないような事情があるに相違ない。いっそ見殺しにしてやる方が当人の為だ、と、まあこういうわけで、男の身投げは先ず助けないことになっている。それが自然の習慣になって、ほかの水死人を見つけた時にも、女は引き上げて介抱してやるが、男は大抵突き流してしまうのが多い。男こそいい面《つら》の皮だが、どうも仕方がありませんよ」
ここの船でも船頭が男の水死人を突き流そうとするのを、隠居は制した。
「まあ、引き上げてやれ。なにかの縁でおれの網にはいったのだ」
こう云われて、千八も争うわけには行かなかった。かれは指図の通りに網を手繰《たぐ》って、ともかくもその男を船のなかへ引き上げると、かれは死んでいるのではなかった。網を出ると、彼はすぐにあぐらをかいた。
「なにか食い物はないか。腹が減《へ》った」
隠居も千八もおどろいていると、男はそこにある魚籠《びく》に手を入れて、生きた小魚をつかみ出してむしゃむしゃと食った。二人はいよいよ驚かされた。
「まだ何かあるだろう。酒はねえか」と、彼はまた云った。「ぐずぐ
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