をつけていたが、雨がやんだらしいので隠居は笠をぬいだ。笠の下には手ぬぐいで頬かむりをしていた。
「素人《しろうと》は笠をかぶっていると、思うように網が打てない」
隠居は自分でも網を打つのである。今夜はあまり獲物が多くないので、かれは少し焦《じ》れ気味でもあった。
「網を貸せ。おれが打つ」
船頭の手から網を取って、隠居は暗い水の上にさっと投げると、なにか大きな物がかかったらしい。鯉か鯰《なまず》かと云いながら、千八も手つだって引き寄せると、大きい獲物は魚でなかった。それはたしかに人の形であった。水死の亡骸《なきがら》が夜網にかかるのは珍らしくない。船頭はこれまでにもそんな経験があるので、又お客様かといやな顔をした。かがり火の光りでそれが男であることを知ると、彼はすぐに流そうとした。
「むかしの船頭仲間には一種の習慣がありましてね」と、半七老人はここでわたしに説明してくれた。「身投げのあった場合に、それが女ならば引き上げて助けるが、男ならば助けない。なぜと云うと、女は気の狭いものだから詰まらないことにも命を捨てようとする。死ぬほどのことでもないのに死のうとするのだから助けてやるが、男の
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