ずしていやあがると、これだぞ」
かれは腹巻からでも探り出したらしい、いきなりに匕首《あいくち》を引きぬいて二人の眼さきに突きつけたので、船頭は又びっくりした。しかし一方は武家の隠居である。すぐにその刃物をたたきおとして再び彼を水のなかへ投げ込んでしまった。
「はは、悪い河獺《かわうそ》だ」と、隠居は笑っていた。
しかし、それが河獺でないことは判り切っていた。千八はただ黙っていると、隠居はこれに興をさましたらしく、今夜はもうこれで帰ろうと云った。船頭はすなおに漕いで帰った。
この報告を終って、幸次郎は半七の顔色をうかがった。
「どうです。変な話じゃありませんか」
三
半七は黙ってその報告を聞いていたが、やがて思い出したようにうなずいた。
「むむ、そんな話が去年もあったな。おめえは知らねえか」
「知りませんね」と、幸次郎は首をかしげた。「やっぱりそんな話ですかえ」
「まあ、そうだ。なんでもそれは麻布《あざぶ》辺の奴らだ。町人が三、四人で品川へ夜網に行くと、海のなかから散らし髪の男がひょっくり浮き出したので、船の者はびっくりしていると、その男はいきなり船へ飛び込んで来て
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