びは来るそうですが、まあ身分相当といったくれえの使いっぷりで、今月になって二度来たが、別に派手なこともしねえと云いますよ。どうでしょう。もう少しほかを洗ってみましょうか」
「まあ、よかろう。今になんとかなるだろう」と、半七は云った。「だが、まあ、これだけじゃあ済まねえ。これからもあの野郎に気をつけてくれ」
「ようがす」
 幸次郎はかさねて受け合って帰ったが、別に取り留めたことも探し出さないとみえて、それから又半月ほど過ぎるまで、この一件に就いてはなんの新らしい報告も持って来なかった。人の噂も七十五日で、潮干狩の噂はだんだんに消えて行った。半七もほかの仕事に忙がしく追われていたが、それでも彼の頭にはまだこの一件がこびり付いていて離れなかった。
「あの船頭はどうした」と、半七はときどきに催促した。
「親分も執念ぶけえね」と、幸次郎は笑っていた。「わっしも如才《じょさい》なく気をつけてはいますが、どうもなんにも当りがねえんですよ」
「その客というのもそれぎり来ねえか」
「それぎり顔をみせねえそうです」
 こうして四月も過ぎ、五月になって、梅雨《つゆ》らしい雨が毎日ふりつづいた。五月十日の朝で
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