込んで晴れ間を待ちあわせていたが、容易に晴れるどころか、ますます強降りになって来るらしいので、とうとう諦めて帰ってくると、意地のわるい雨は夕方から晴れて、きょうはこんな好天気になった。なにしろ前に云ったような獲物だからお話にならない。浅蜊はとなりの家へやって、鰈は老婢《ばあや》とふたりで煮て食ってしまったというのであった。
きのうの不出来は例外であるが、一体に近年はお台場の獲物がひどく少なくなったらしいと老人は云った。それからだんだんと枝がさいて、次のような話が出た。
安政二年三月四日の午過《ひるす》ぎに、不思議な人間が品川沖にあらわれた。
この年は三月三日の節句に小雨《こさめ》が降ったので、江戸では年中行事の一つにかぞえられているくらいの潮干狩があくる日の四日に延ばされた。きょうは朝から日本晴れという日和《ひより》であったので、品川の海には潮干狩の伝馬《てんま》や荷足船《にたりぶね》がおびただしく漕ぎ出した。なかには屋根船で乗り込んでくるのもあった。安房《あわ》上総《かずさ》の山々を背景にして、見果てもない一大遊園地と化した海の上には、大勢の男や女や子供たちが晴れた日光にかが
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