半七捕物帳
海坊主
岡本綺堂

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)訊《き》いた

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)築地|河岸《がし》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)ほおずき[#「ほおずき」に傍点]
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     一

「残念、残念。あなたは運がわるい。ゆうべ来ると大変に御馳走があったんですよ」と、半七老人は笑った。
 それは四月なかばのうららかに晴れた日であった。
「まったく残念でした。どうしてそんなに御馳走があったんです」と、わたしも笑いながら訊《き》いた。
「と云って、おどかしただけで、実はさんざんの体《てい》で引き揚げて来たんですよ。浅蜊《あさり》ッ貝を小一升と、木葉《こっぱ》のような鰈《かれい》を三枚、それでずぶ濡れになっちゃあ魚屋《さかなや》も商売になりませんや。ははははは」
 よく訊いてみると、きのうは旧暦の三月三日で大潮《おおしお》にあたるというので、老人は近所の人たちに誘われて、ひさしぶりで品川へ潮干狩《しおひがり》に出かけると、花どきの癖で午《ひる》頃から俄か雨がふり出して来た。船へ逃げ
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