やく砂を踏んで、はまぐりや浅蜊の獲物をあさるのに忙がしかった。
かれらの多くは時刻の移るのを忘れていたので、午飯《ひるめし》を食いかかるのが遅かった。ある者は船に帰って、家から用意してきた弁当の重詰をひらくのもあった。ある者は獲物のはまぐりの砂を吐かせる間もなしに直ぐに吸物にして味わうのもあった。ある者は貝のほかに小さい鰈や鯒《こち》をつかんだのを誇りにして、煮たり焼いたりして賞翫《しょうがん》するのもあった。砂のうえに毛氈《もうせん》や薄縁《うすべり》をしいて、にぎり飯や海苔巻《のりまき》の鮓《すし》を頬張っているのもあった。彼等はあたたかい潮風に吹かれながら、飲む、食う、しゃべる、笑うのに余念もなかった。
その歓楽の最中であった。ひとりの奇怪な人間が影のようにあらわれて来たのであった。勿論、どこから出て来たのか知れなかったが、かれは年のころ四十前後であるらしく、髪の毛をおどろに長くのばして、その人相もよくわからない。顔のなかから鋭い眼玉ばかりが爛々と光っていた。身には破れた古袷《ふるあわせ》をきて、その上に新らしい蓑《みの》をかさねて、手には海苔ヒビのような枯枝の杖を持って素足
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