美まで頂戴している女だから、草を分けても其の下手人を捜し出さにゃあならねえ。ところで、素人染《しろとじ》みたことを云うようだが、そっちにはなんにも心当りはないかえ」
「それで困っているんです。なんと云っても下総屋の番頭さんに目串《めぐし》をさされるんですが、あんな堅い人がよもやと思うんです。気でもちがえば格別、別にお駒さんを殺すようなわけもない筈ですから」
「そりゃあ傍《はた》からは判らねえ。一体その番頭というのはどんな奴だえ」
与七の説明によると、下総屋の番頭吉助はもう四十近い男で、酒は相当に飲むが至極おとなしい質《たち》の上に、金遣いも悪くないので、お駒も大事に勤めている馴染客であった。三月になってゆうべ初めて来たので、お駒と別に喧嘩をしたらしい様子もなく、いつもの通りおとなしく寝床にはいったのである。一緒に寝ている女の死んだのを知らないというのは、いかにもうしろ暗いようにも思われるが、酔い倒れていたとあれば無理はない。おそらく二人が正体もなく寝入っているところへ、何者かが忍び込んでそっとお駒を絞め殺したのではあるまいかと与七はささやいた。商売柄だけに彼の鑑定もまんざら素人《しろ
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