んやりと照らしていた。
「おい、おれにも一挺頼む。あのあとをそっと尾《つ》けてくれ」
 相手が相手であるから若い者はすぐに支度して、半七をのせた駕籠は小半町ばかりの距離を取りながら、人魂《ひとだま》のように迷ってゆく駕籠の灯を追って行った。前の駕籠が大木戸でおろされると、半七も下りた。駕籠屋を帰して、かれはぬかるみを足早に歩き出した。鼻緒をすげてしまうのを待っている間がなかったので、かれは大岩の貸し下駄を穿《は》いていた。
 今夜はもう五ツ(午後八時)を過ぎているので、海辺の茶店は閉《し》まっていた。北から数えて五つ目の茶店の前で、下総屋の番頭吉助は立ちどまってそっと左右を見まわした。かれはいつの間にか頬かむりをしていた。

     四

「ふだんと違って今の身分だから、店をぬけ出すのは容易じゃない。これでも神明前から駕籠で来たのだ」
「でもどんなに待ったか知れやしない。あたしはきっと欺されたのかと思っていたのよ。だましたら料簡《りょうけん》があると覚悟していたんだけれど……」
 それが女の声であるので、半七は肚《はら》のなかでほほえんだ。かれは葭簀《よしず》のかげに忍んで、隣りの茶
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