たかえ」
「とんだ孫右衛門よ」と、半七は笑った。「すべって転ばねえのがお仕合わせだ。なんでもいいから、切れっ端《ぱし》か麻をすこしくんねえか」
「あい、ようがす」
店の炉のまわりに胡坐《あぐら》をかいていた若い者が奥へはいって麻緒を持って来ると、半七は框《かまち》に腰をおろした。
「親分、わたしが綰《す》げてあげましょう」
「手をよごして気の毒だな」
若い者に鼻緒をすげさせながら不図《ふと》みると、ひとりの男が傘を半分すぼめて、顔をかくすように門口《かどぐち》に立っていた。半七は傍にいる若い者に小声で訊《き》いた。
「ありゃあ何処の人だ。馴染かえ」
「源助町の下総屋の番頭さんです」
半七の眼は光った。主人預けになっている筈の彼が夜になって勝手に出あるく。それだけでも詮議ものであると思ったが、半七はわざと見逃がして置いた。
「そうして、これから何処へ行くんだ。宿《しゅく》かえ」と、かれは再び小声で訊《き》いた。
「なんだか大木戸まで送るんだそうです」
そう云っているうちに、一方の若い者の支度は出来て、門《かど》に忍んでいる番頭は駕籠に乗って出た。雨あがりの薄い月がその駕籠の上をぼ
前へ
次へ
全36ページ中24ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング