いた草履の片足を取り寄せた。それとこれとを主人の眼の前で列《なら》べてみると、一足の草履がたしかに揃った。
「その片足がお定の家《うち》にあったんですか」と、与七は眼をみはった。
「わけはあとで話す」と、半七は笑った。「それよりも先にお定に用がある。そこらにいるなら、早く呼んでくれ」
「今しがたお客があったので、二階へ行っている筈ですが……」
 なんだか煙《けむ》にまかれたような顔をして、与七はあたふた[#「あたふた」に傍点]と出て行った。迂闊《うかつ》に口を出すわけにも行かないので、主人夫婦は唖《おし》のように黙っていた。お駒が形見の草履を前にして深い沈黙がしばらく続いた。
「親分。お定は見えませんよ。二階じゅうをさがしても何処にもいないんです」
 与七が声をひそめて訴えて来ると、半七は持っていた煙管を思わず投げ出した。
「畜生、素捷《すばや》い奴だ。よもや家へ帰りゃあしめえが、まあ念のために行ってみよう」
 かれは急いで伊勢屋を出て、ふたたび酒屋の裏をたずねると、お定はさっきから一度も姿を見せないとのことであった。半七は更にあるじの婆さんにむかって、このごろお定がどこへか出たことが
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