の人相をよく見識っている者がない。かれに一度出逢った者も、うす暗いなかに浮き出している梟《ふくろう》のような大きい眼、鳶《とんび》の口嘴《くちばし》のような尖った鼻、骸骨のように白く黄いろい歯、それを別々に記憶しているばかりで、それを一つにまとめて人間らしい者の顔をかんがえ出すことは出来なかった。
かれは唯ふらふらと迷い歩いているのではない、あま酒を売っているのである。なんにも知らずにその甘酒を買った者もたくさんあったが、その甘酒に中毒したものはなかった。又その甘酒を買った者がことごとく病みついたというわけでもなかった。往来でうっかり出逢った者のうちでも、なんの祟《たた》りも無しに済んだものもあった。つまりめいめいの運次第で、ある者は祟られ、ある者は無難であった。いずれにしても婆さんの方は何事を仕向けるのでもない。ただ黙ってゆき違うばかりで、不運の者はその一刹那におそろしい災難に付きまとわれるのであった。
眼にも見えないその怪異に取り憑《つ》かれたものは、最初に一種の瘧疾《おこり》にかかったように、時々にひどい悪寒《さむけ》がして苦しみ悩むのである。それが三日四日を過ぎると更に怪し
前へ
次へ
全37ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング