》や十日《とおか》は寝る。ひどいのは死んでしまう。実におそろしい話です。その噂がそれからそれへと伝わって、気の弱いものは逢魔が時を過ぎると銭湯《せんとう》へも行かないという始末。今日の人達はそんな馬鹿な事があるものかと一と口に云ってしまうでしょうが、その頃の人間はみんな正直ですから、そんな噂を聞くと竦毛《おぞけ》をふるって怖がります。しかも論より証拠、その婆さんに出逢って煩《わずら》いついた者が幾人もあるんだから仕方がありません。あなた方はそれをどう思います」
私にはすぐに返事が出来ないので、ただ黙って相手の顔を見つめていると、老人はさもこそといったような顔をして、しずかにその怪談を説きはじめた。
その怪しい婆さんを見た者の説明によると、かれはもう七十を越えているらしい。麻のように白く黄いろい髪を手拭につつんで、頭のうしろでしっかりと結んでいた。筒袖かとも思われるような袂のせまい袷《あわせ》の上に、手織り縞《じま》のような綿入れの袖無し半纒《はんてん》をきて、片褄《かたづま》を端折《はしょ》って藁草履をはいているが、その草履の音がいやにびしゃびしゃと響くということであった。しかしそ
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