出来るのである。したがって、彼ら自身も故意にその魔力を応用することが出来ない。あいつを一つ苦しめてやろうなどと悪戯《いたずら》半分に睨んだところで、決してその効果はあらわれない。要するにそれは彼の心の奥から湧き出してくる自然の作用で、自分自身にも無理に抑《おさ》えることも出来ず、無理に働かせることも出来ず、唯その自然にまかせるほかはないのである。この村の者がほかの土地の者と結婚しないのも、この不思議な血統が主《おも》なる原因であった。
 徳三郎も初めてお熊に逢ったときに、この怪しい熱病に苦しめられて、お熊の手あつい看病をうけた。病いが癒《なお》ってから其の秘密を発見したが、今更どうすることも出来なかった。捨てて逃げようとしても、お熊はどうしても離れない。それを無理にふり放そうとすれば、お熊の睨む眼が怖ろしかった。もう一つには女が蛇神の血統であることを自分から正直に打ち明けて、どうぞ見捨ててくれるなと泣いて口説《くど》かれた時に、かれの心も弱くなった。所詮はこれも因果とあきらめて、徳三郎はお熊を連れて逃げることを決心した。
 かれの決心を強めたほかの動機は、かのおそろしい蛇神も箱根を越せ
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