みに来たのであると、半七はおとなしく云い出すと、四郎兵衛はすこし考えていた。
「いえ、勘蔵が怪我をしたということはわたくしも聞いて居ります。見舞にでも行ってやろうと思いながら、なにしろこちらも御覧の通りの始末だもんですから、まだ其の儘になっているようなわけでございます。そのことに就きまして、勘蔵がお前さんに何かお願い申したのでございますか」
「別に頼まれたわけじゃあねえが、あんまり可哀そうだから何とかしてやって貰いたいと思うんだが、番頭さん、どうですね」
「判りました」と、四郎兵衛おとなしく答えた。「いずれ主人とも相談しまして、なんとか致しましょう。そう致しますと、勘蔵から別にお願い申した訳ではございませんのですね」
 いやに念を押すとは思ったが、半七はどこまでも頼まれたのではないと云い切って別れた。
「変な奴ですね。いやに念を押すじゃありませんか。勘蔵が頼めばどうだというんでしょう」と、松吉は表へ出てからささやいた。
「むむ、どうであんなところの番頭なんていうものは、判らねえ獣物《けだもの》が多いもんだ」と、半七は笑っていた。「いや獣物といえば、あの熊はどうなったろう。侍は叩っ切った
前へ 次へ
全35ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング