。で、もう大抵お調べも届きましたか」
「いや、ちっとも見当が付かない。死骸はここにある。よく見てくれ」
「ごめんください」
半七はすすみ寄って、そこに横たえてある男の死骸をのぞいた。男は手織り縞の綿衣《わたいれ》をきて、鉄色木綿の石持《こくもち》の羽織をかさねていた。履物はどうしてしまったのか、彼は跣足《はだし》であった。半七は丁寧に死骸をあらためたが、やはり何処にも致命傷らしいあとを発見することが出来なかった。
「どうも判りませんね」と、彼も眉をよせた。「まあ、ともかくも其の現場を見とどけてまいりましょう」
役人たちに会釈《えしゃく》して、半七は雪達磨の融けたあとを尋《たず》ねて行った。そこらには雪どけの泥水と、さんざんに踏みあらした下駄の痕とが残っているばかりで、近所の子供や往来の人達がそれを遠巻きにして何かひそひそとささやき合っていた。その雑沓《ざっとう》をかき分けて、半七は足駄《あしだ》を吸いこまれるような泥水のなかへ踏み込んだ。そうして、油断なくその眼を働かせているうちに、彼はまだ幾らか消え残っている雪と泥との間から何物をか発見したらしく、身をかがめてじっと眺めていた。
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