ちに出現したのをみても、誰も別に怪しむものもなかった。おおかた町内の誰かが拵《こしら》えたのであろうぐらいに思って、なんの注意も払わずに幾日をすごしたのであった。殊にこの近所には武家屋敷が多いので、それは町人がこしらえたのか、武家の若い者どもが作ったのか、それすらも確かには判らなかった。
 勿論これほどの雪達磨が自然に湧き出してくる筈はない。必ずその製作者はどこにか潜《ひそ》んでいるには相違ないのであるが、こうなっては誰も名乗って出るものもない。なにかの手がかりを見付け出すために、達磨は無残に突きくずされて其の形骸は滅茶苦茶に破壊されてしまったが、男の死骸以外にはなんの新らしい発見もないらしかった。くずれた雪はその証跡を堙滅《いんめつ》せんとするかのように次第々々に消え失せて、いたずらに泥水となって流れ去った。
「旦那がた、御苦労さまでございます」
 ひとりの男が自身番のまえに浅黒い顔を出した。かれは三河町の半七であった。八丁堀同心の三浦真五郎は待ち兼ねたように声をかけた。
「おお、半七、遅いな。貴様の縄張り内で飛んでもないことが始まったぞ」
「それを聞くと、わたくしもびっくりしました
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