背負って屋敷から貸してくれた弓張提灯をとぼして、稲川の屋敷の門を出た。ゆう六ツといってもこの頃は日の短い十一月の末であるから、表はすっかり暗くなっていた。しかも昼間から吹きつづけてた秩父|颪《おろし》がいつの間にか雪を吹き出して、夕闇のなかに白い影がちらちらと舞っていた。
 傘を持たない忠三郎は、大切な品を濡らしてはならないと思って、背中から風呂敷包みをおろして更に左の小脇にかかえ込んだ。森川宿ではどうにもならないが、本郷の町まで出れば駕籠屋がある。忠三郎はそれを的《あて》にして雪のなかを急いだ。幸いに雪は大したことでもなかったが、やがて小雨《こさめ》が降り出して来た。雪か霙《みぞれ》か雨か、冷たいものに顔を撲たれながら、彼は暗い屋敷町をたどってゆくうちに、濡れた路に雪踏《せった》を踏みすべらして仰向《あおむ》きに尻餅を搗いた。そのはずみに提灯の火は消えた。
 別に怪我もしなかったが、提灯を消したのには彼は困った。町まで出なければ火を借りるところは無い。そこらに屋敷の辻番所はないかと見まわしながら、殆ど手探り同様でとぼとぼ辿《たど》ってゆくと、雨は意地悪くだんだんに強くなって来た。寒さ
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