の時に受け出すことが出来なければ、そのまま抵当流れにしても差しつかえない。どうか其の条件で承知してくれまいかというのであった。
忠三郎もかんがえた。自分の店は質屋渡世でない。かの一軸を質に取って二百五十両の金を貸すというのは少し迷惑であると彼は思った。しかし主人があれほど懇望《こんもう》しているのを、空手《からて》で帰るのも心苦しいので、彼はいろいろ思案の末に先方の頼みをきくことに決めた。
「いや、いろいろ無理を申し掛けて気の毒であった。殿様もこれで御満足、拙者もこれで重荷をおろした」と、源右衛門もひどく喜んだ。
二百五十両の金を渡してすぐ帰ろうとする忠三郎をひきとめて、屋敷からは夜食の馳走が出た。源右衛門が主人になって酒をすすめるので、少しは飲める忠三郎はうかうかと杯をかさねて、ゆう六ツの鐘におどろかされて初めて起った。
「大切の品だ。気をつけて持ってゆけ」
源右衛門に注意されて、忠三郎はその一軸を一応あらためた上で、唐桟《とうざん》の大風呂敷につつんだ。軸は古渡《こわた》りの唐更紗《とうさらさ》につつんで桐の箱に納めてあるのを、更にその上から風呂敷に包んだのである。彼はそれを
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