》もうとして失敗したもので、つまりこんにちの偽《にせ》華族というたぐいでしたろう。それが江戸じゅうの噂になったので、狂言作者の名人南北がそれを清玄《せいげん》桜姫のことに仕組んで、吉田家の息女桜姫が千住《せんじゅ》の女郎になるという筋で大変当てたそうです。その劇場は木挽町《こびきちょう》の河原崎座で『桜姫東文章《さくらひめあずまぶんしょう》』というのでした。いや、余計な前置きが長くなりましたが、これからお話し申そうとするのは、その日野家息女一件から五十幾年の後のことで、文久元年の九月とおぼえています」
八丁堀同心岡崎長四郎からの迎えをうけて、半七はすぐにその屋敷へ出かけて行った。それは秋らしい雨のそぼ降る朝であった。
「悪いお天気で困ります」
「よく降るな。秋はいつもこれだ、仕方がねえ」と、岡崎は雨に濡れている庭先をながめながら欝陶《うっとう》しそうに云った。
「いや、この降るのに気の毒だが、ちっと調べて貰いたい御用がある。この頃、茅場町《かやばちょう》に変な奴があるのを知っているか」
「へえ」と、半七は首をかしげた。
「尤《もっと》も、この頃は変な奴がざらに転《ころ》がっているか
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