、まことに困り果てて居ります」
何分にもそのお祓《はら》いをお願い申したいと云って、半七は白木の台付きの箱をうやうやしく捧げて出した。箱の形から見て、それは一匹の白絹であるらしかった。式部も会釈《えしゃく》して、その箱をうけ取って、まず行者のまえに押し直すと、行者は幣束を取り直してその箱のうえを一度払った。そうして、神前に供えよと頤《あご》で知らせると、式部は心得てその通りにした。
「お聴きの通りでございますが、お祷《いの》り下さりましょうか」と、式部はあらためて行者に訊くと、彼女はやはり無言でうなずいた。
「では、もっと近うお進みください。御遠慮なく……」
式部は半七を頤でまねいた。半七は会釈して又ひと膝すすみ出ると、行者の衣にはなにかの香が焚《た》き籠《こ》めてあるらしく、蘭奢《らんじゃ》とでもいいそうな一種の匂いが彼の鼻にしみた。
四
行者は半七の顔をひと目みて、さらに何事かを問いたそうに式部を見かえると、半七は声をかけた。
「いえ、一々お取り次ぎは、かえってお願いの筋が通り兼ねるかとも存じます。御用でございましたらば、わたくしから直々《じきじき》に申し上げま
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