「どうぞお進みください」と、式部は静かに云った。
「ごめんください」
 半七は丁寧に会釈して進み出て、正面の行者の顔をみあげた時、そのそばに一人の若い女が控えているのを更に見いだした。女は白絹の小袖を着て、おなじく白い切袴《きりばかま》をはいていた。それが彼《か》の藤江というのだろうと半七はすぐに覚った。
 藤江も美しい少女であったが、正面の座に直っている行者は更にうるわしいものであった。十七八というのは彼女の美に惑わされた報告で、どうしても二十歳《はたち》か、あるいは二十歳を一つ二つぐらいは越えているらしいが、見たところは如何にも若々しかった。彼女は白粉《おしろい》のあつい顔に眉黛《まゆずみ》を濃くして、白い小袖の上に水青の狩衣《かりぎぬ》を着ていた。緋の袴という報告であったが、きょうは白い袴をはいていた。万事の応対はすべて式部が引き受けているので、かれはひと言も口を利かなかった。
「して、御祈祷をおたのみでござるか」と、式部は訊いた。
「はい」と、半七は再び頭《かしら》をさげた。「実はわたくしの母が昨年以来、なにか付き物でも致したようで、時々に取り留めもないことを口走りますので
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