す」
「いや、そのような失礼があってはならぬ」と、式部はさえぎった。「おたずねのこと、お答えのこと、すべて拙者がうけたまわる。して、こなたの母御は当年何歳で、なんの年の御出生でござるかな」
「母は六十で、戌《いぬ》年の生まれでございます」と、半七は答えた。
「ふだんから何かの御持病でもござるか」
「別にこれということもございませんが、二、三年前から折りおりに癪《しゃく》に悩むことがございます」
「左様でござるか。では、これから御祈祷にかかられます」
 式部はうながすように行者の顔色をうかがうと、彼女は形をあらためて神前に向き直ろうとした。その時、半七は再び声をかけた。
「恐れながら申し上げます。この御祈祷におかかり下さる前に、わたくしの御奉納物を一度おあらためを願いたいと存じますが……」
「なんと云わるる」と、式部は少し眉をよせた。「こなたが奉納の品を一応あらためてみろと云われるか」
「どうぞお願い申します」
 行者はなんにも云わなかった。式部はすぐに起ちあがって、神前に一旦供えたかの白木の箱を取りおろしてしずかにその蓋《ふた》をあけると、かれの顔色がにわかに変った。半七は黙ってその顔
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