ることは相成らぬと襟髪をつかんで表へ突き出してしまった。久次郎どのは何と云っているか知らないが、事実は全くこの通りであって、お姫様を涜《けが》そうとするのは神を涜そうとするも同じことである。久次郎どの如き言語道断の不埒者はもとより相手にはならない。改めておふくろ殿にお掛け合いをいたすために、こんにち罷《まか》り越した次第であると、式部は形を正しゅうしておごそかに云った。
 思いもよらない掛け合いをうけて、お豊は魂が消えるほどにびっくりした。殊に自分は飽くまでもかの尊い行者を信仰しているだけに、わが子の不埒が重々面目なかった。面目ないというよりも、かれは実におそろしかった。彼女は畳に額《ひたい》をうずめて、恐れかしこんでわが子の罪を幾重《いくえ》にも詫びた。かれは当然自分ら親子のうえに落ちかかって来るべき神の御罰をのがれるために、あらためて謝罪の祈祷を嘆願した。祈祷料の二百金は式部のまえに差し出された。式部は容易にそれに手を触れなかったが、結局お姫様の思召しをうけたまわるまで、ともかくもお預かり申して置くということになって、その二百両を受け取って帰った。
 式部の帰ったあとで、お豊はすぐ
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