た。それは当家の伜久次郎どのがお姫様に対して無礼を働いたというのであった。久次郎どのには怪しい獣の悪霊《あくりょう》が付きまとっているので、それを祓《はら》うために毎夜秘密の祈祷を行なっていることは、おふくろ殿もかねて御存じの筈である。本来ならば一七日の祈祷で当然その禍いを祓い得べきであるのに、今度の祈祷に限って不思議にその験《げん》がみえない。更に二七日、三七日、四七日と祈りつづけても、やはりその験のあらわれないのは甚だ不思議に思っていたところが、今になってその仔細が初めて判った。当人の久次郎どのが汚れた心を持っていたからである。久次郎どのは毎夜かかさず通って来るのは、まことの心からの信心ではない。実はお姫様に懸想《けそう》していたのである。現にゆうべの祈祷の休息のあいだに、彼はお姫様をとらえて猥《みだ》らなことを云い出した。実に言語道断の不埒《ふらち》である。
お姫様は勿論それを取り合われる筈はなかった。持っていた幣束《へいそく》で彼の面を一つ打ったままで、無言で奥の間へはいってしまわれたが、それを知った拙者はすぐにその場へ踏み込んで、久次郎の不埒をきびしく叱って、今後決して、参
前へ
次へ
全36ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング