めて振りかえったが、返事もしないで黙っていた。半七はかがんで溝をのぞくと、底はさのみ深くもなかった。苔《こけ》の多い石垣のあいだから幾株の芒《すすき》や秋草が水の上に垂れかかって、岸の近いところには、湿《ぬ》れた泥があらわれていた。それを見まわしているうちに、ある物が半七の眼についた。
「おまえさん。あれを取ろうというのかえ」と、半七は溝のなかを指さして訊《き》いた。
小坊主は黙ってうなずいた。こんなことには馴れている半七は、草履の片足を石垣のなかほどに踏《ふ》みかけて、片手に芒の根をつかみながら、からだを落すようにして岸に近い泥のなかへ片手を突っ込んだ。彼がやがて掴み出したのは小さい仏の像であった。仏は二寸に足らないもので、なにか黒ずんだ金物で作られているらしく、小さい割合にはなかなか目方があった。
「この仏さまをお前さんは知っているのかえ」と、半七は泥だらけになっている仏像を小坊主の眼のさきへ突きつけると、かれはそれをうやうやしく受け取って、自分の法衣《ころも》の袖のうえに乗せた。
「おまえさんのお寺はどこだね」と、半七はまた訊《き》いた。
「時光寺でございます」
「むむ。時光寺
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