るような骨一つすらも見いだされなかった。檀家の主《おも》なるものも調べられた。その当夜、自宅の仏事に時光寺の住職を招いたという根岸の伊賀屋嘉右衛門も吟味をうけたが、伊賀屋でも当夜の住職の挙動について別に怪しい点を認めなかったと答えた。
 寺社奉行の方でもこの上に詮議のしようもなかった。時光寺の住職はゆくえ不明になって、いつの間にか狐がその姿になりかわっていたというほかには、なんとも判断のくだしようもないので、その詮議はひと先ずこれで打ち切ることになった。

     二

 九月の末には陰《くも》った日がつづいた。神田の半七は近所の葬式《とむらい》を見送って、谷中《やなか》の或る寺まで行った。ゆう七ツ(午後四時)過ぎに寺を出て、ほかの会葬者よりも一と足さきにぶらぶら帰ってくると、秋の空はいよいよ暗くなった。寺の多い谷中のさびしい道には、木の葉が雨のように降っていた。まだ暮れ切らないのに、どこかの森のなかで狐の声がきこえた。半七はこのごろ世間の噂になっている時光寺の一件をふと思い出した。かれは町奉行付きで、寺社奉行の方には直接の係り合いはないのであるが、それでも自分の役目として、今度の奇
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