た。
以前はそうでもなかったが、この一、二ヵ月まえから住職の英善がひどく犬を嫌うようになったことは、納所の善了も寺男の伴助も認めていた。これらの事実を綜合してかんがえると、人間の英善はこの夏の末頃から消えてなくなって、狐の英善が住職になり代っていたらしい。伯蔵主《はくぞうす》の狐や茂林寺《もりんじ》の狸のむかし話なども思いあわされて、諸人も奇異の感にうたれながら、とにもかくにも一ヵ寺の住職の身のうえにこういう椿事が出来《しゅったい》したのであるから、単に不思議がってばかりはいられなかった。時光寺からは有りのままに届け出て、寺社奉行はその詮索《せんさく》に取りかかったのであった。
時光寺の納所も小坊主も寺男も、みな厳重に吟味された。奇怪な死体をはじめて発見したという無総寺の寺男も勿論取り調べられた。しかも彼等の口から何の手がかりを聴き出すことも出来なかった。住職は近頃犬を嫌うようになったという以外には、時光寺の者共も別に思い当ることはないと申し立てた。もしや住職の死骸を発見することもあろうかと、時光寺の床下や物置や、庭の大木の根もとなどを掘り返してみたが、死骸はおろか、それかと思われ
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