うなずいた。「一ヵ寺の住職がただ消えてなくなったというのでは、詮議がむずかしかろうという懸念《けねん》から、住職の袈裟《けさ》や法衣《ころも》をはぎ取って、それを狐に着せて……。いや、今からかんがえると子供だましのようですが、それでもよっぽど知恵を絞ったのでしょう」
「ところで、大切の仏像というのはどうしたんです。やはりその住職が持っていたんですか」
「いつの代でも、なにかの問題で騒ぎ立てれば相当の運動費がいります。時光寺は本来小さい寺である上に、住職が本山反対運動に奔走《ほんそう》しているので、その内証は余程苦しい。まして寺社奉行へでも持ち出すとすれば、また相当の費用もかかる。それらの運動費を調達するために、住職は大切の秘仏をそっと持ち出して、それを質《かた》に伊賀屋から幾らか借り出そうとして、仏事の晩にそれを厨子《ずし》に納めて持ち込んだのですが、ほかに大勢の人がいたので云い出す機《おり》がなくって一旦は帰ったのです。しかしどうしても金の入用に迫っているので、途中から小坊主を帰して、自分ひとりで伊賀屋へまた引っ返す途中、運悪く本山派の罠《わな》にかかって、持っていた厨子は無論に取り
前へ 次へ
全20ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング