ろで、なぜこんな事件が起ったかというと、この宗旨の本山の方に何か面倒な事件があって、こんにちの詞《ことば》でいえば、本山擁護派と本山反対派の二派にわかれて暗闘を始めていたというわけなんです。それがだんだんに激しくなって、本山の方からも幾人かの坊主が出府《しゅっぷ》して、江戸の末寺を説き伏せようとする。末寺の方では思い思いに党を組んで騒ぎ立てる。その中でも時光寺の住職は有力な反対派の一人、まかり間違えば寺社奉行へまで持ち出して裁決を仰ごうという意気込みなので、本山派の方で持て余して、なんとかしてこの住職をなき者にしよう……。といって、出家同士のことですから、まさか殺すわけにも行かないので、この住職を本山へ連れて行って、当分押し込めて置こうということになったのです。そこで、住職がいつの晩には根岸の檀家へ出かけて行くというのを知って、帰る途中を待ち受けて、腕ずくで取っつかまえて下谷坂本の安蔵寺という本山派の寺へ連れ込んでしまったのです。そうして、口を利くことの出来ないように、毒薬を飲ませたのだそうです」
「そうなると、例の狐はその身代《みがわ》りなんですね」
「そうです、そうです」と、老人は
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