ここらを掃かねえのかね」
「きのうは葬式《とむらい》で、茶を沸かすやら、火を起すやら、わし一人でなかなかここらの掃除までは手が廻らなかったからねえ」と、銀蔵は笑っていた。
 長次郎は落葉を踏みわけて、五人の墓の卒堵婆を一々見てあるいた。中にはそれを引きぬいて、打ち返してじっと眺めているのもあった。かれは草履の爪さきでうず高い落葉を蹴散らしながら、墓のまわりの湿《しめ》った土の上をいつまでも見廻した。それが済んで引っ返そうとする時に、かれは隅の方に立っている小さい墓にふと眼をつけた。その前に立っている卒堵婆もあまり古いものではないらしく、花筒には野菊の新らしい花がたくさん生けてあった。長次郎は銀蔵を見かえって訊いた。
「あれはどこの墓だね」
「あれかね」と、銀蔵は伸び上がりながら指さした。「あれはおこよ坊の墓ですよ」
「花がたくさん供えてあるじゃねえか。おこよというのは、このあいだ身を投げた娘だろう。違うかね」
「そうですよ。可哀そうなことをしましたよ」
 ふたりの足はおのずとその墓の前に立った。
「おこよの死んだのはいつだっけね」
「先月……ちょうど十五夜の晩でしたよ」
「十五夜か」と
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