墓場の方へ行ってみると、かなりに広い墓場の入口に先ず六右衛門の墓場を見いだした。墓の前には新しい卒堵婆《そとば》が立っていた。樒の花筒がすこし傾いているのは昨夜の風の為であるらしく、何者にか掻き散らされた形跡も見えなかった。銀蔵は怪訝《けげん》な顔をして眼を見はった。
「はてね。けさは何ともなっていねえぞ」
彼はあわてて石塔のあいだを駈けまわって、更に次郎兵衛の墓の前に出ると、ここにも卒堵婆や花筒が行儀よく立っていた。それから順々に見てまわると、ほかの三人の墓の前にも今朝はなんの異状もなかった。
「こりゃあ、不思議だ。もう十日にもなるから、小女郎も堪忍してくれたかな」と、銀蔵はほっ[#「ほっ」に傍点]としたように云った。
「きのうの朝はみんな倒してあったんだね」
「塔婆も花筒もみんな打《ぶ》っ倒してあったのを、わしが一々立て直したんですよ」
「むむ」と、長次郎は新らしい卒堵婆の一本に手をかけて、明るい日のひかりに透かして視た。かれは更に自分の足もとを見まわしながら云った。「お前、以前はずいぶん綺麗好きだったが、だんだんに年を取ったせいか、この頃はあんまり掃除が届かねえようだね。きのう
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