水《ぎょうずい》を使っていた。母のお伊勢は小さい庭にむかった奥の縁側で蚊いぶしをしていると、台所で娘の声がきこえた。お作は何者かを咎めるような口ぶりで、「誰、そこから覗くのは誰」と云っているのが耳にはいったので、おそらく近所の若い者が戯《からか》ってでもいるのであろうと思いながら、お伊勢は蚊いぶしを煽いでいる団扇《うちわ》の手をやめて、台所の方を見かえると、うす暗いところに一人の女が立っている姿がぼんやりと浮かんで見えた。女は白地の手拭をかぶって、おなじ白地の浴衣を着ているらしかった。お作はまた咎めた。
「なにを覗いているのよ、おまえさんは……」
その声が終らないうちにお作はきゃっ[#「きゃっ」に傍点]と叫んだ。おどろいてお伊勢は台所へ駈け付けてみると、赤裸《あかはだか》の彼女は大きい盥《たらい》からころげ出して倒れている。お伊勢は再び奥へ引っ返して、行燈を持ち出して来た。その灯に照らされた行水の湯は真っ紅に染まっていて、それが娘の喉からあふれ出る血であることを知った時に、お伊勢は腰をぬかすほどに驚いた。かれは表通りまで響くような声をあげて人を呼んだ。
近所の人達もすぐに駈け付けた
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