い鶏をかかえた男が立っていた。ほかにも七、八人の男がその中間を取りまいて、何か大きい声で罵っているらしかった。中間はくくりつけられるまでに散散の打擲《ちょうちゃく》をうけたらしく、頬にはかすり疵の血がにじんで、髪も着物もみだれたままで、意気地もなく俯向いていた。
 それを遠巻きに見物している人達をかきわけて、半七と庄太は前へ出た。庄太は土地の者だけに、そのなかには顔なじみの者もあるらしく、一人の男に声をかけた。
「もし、どうしたんですえ、その中間は」
「鶏をぬすんで絞めたんですよ。しかも真っ昼間、ずうずうしい奴です」
 観音の境内には鶏を奉納するものがある。それは誰も知っていることであるが、その鶏がこの頃たびたび紛失するので、土地の者も内々注意していると、今朝《けさ》この中間が紙につつんだ一と粒の米を餌にして、木のかげで遊んでいる鶏を釣り寄せようとしているらしいので、鶏の豆を売っている婆さんが見つけて、寺内に住んでいる町屋《まちや》の人達に密告したので、二、三人が駈けて来た。つづいて五、六人が駈けつけてみると、かの中間は大きい銀杏のかげに身を穏すようにして、二、三羽の鶏に米をやっていた
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