い門は、星の光りでおぼろげに仰がれた。門のなかには石燈籠の灯が微かに見えた。
半七はもう気が気でなかった。この坂一つを無事に越すか越さぬかは、与之助に取っても一生の運命の岐《わか》れ道であった。黒門の影がだんだんに眼のまえに迫って来るにしたがって、与之助も急いだ。半七もあせった。しかし与之助は運がなかった。かれは黒門から二間ほどの手前で、石につまずいて倒れてしまった。
「あのときには全く汗になりましたよ」と、半七老人は云った。「なにしろ、あの長い坂を夢中で駈け上がったんですもの、その翌朝は足がすくんで困りましたよ。そこで、だんだん調べてみると斯ういう訳なんです。前にも申し上げた通りそのお丸という女は顔に似合わない、質《たち》のよくない女で、つまり今日《こんにち》でいう不良少女のお仲間なんでしょう。自分の奉公している上州屋の息子は勿論、手あたり次第に大勢の男にかかり合いを付けていて、両国の薬種屋の息子とも情交《わけ》があったんです。そのうちに上州屋の息子は東山堂の娘を見そめて、三百両の支度金で嫁に貰おうということになったので、お丸は自分のふしだらを棚にあげて、ひどくそれをくやしがって
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