せん。扉の錠をはずして、入口へ食い物の膳を供えたら、あとを振り返らずにすぐに出て来いと云われているもんですから、はじめのうちは正直にその通りにしていました。三度三度その通りで、半刻《はんとき》も経って行ってみると、膳の物は綺麗にたべ尽してあるそうでございます。まあ、それで当分は何事もなかったのでございますが、四月の二十日《はつか》のことだと申します。午《ひる》の膳を運ぶのが例より少し遅くなりまして、急いで土蔵の扉をあけますと、その錠の音が奥へ響いたのでございましょう。土蔵の二階の梯子《はしご》がみしりみしりと響いて、なにか降りて来るような様子でございます」
「なるほど」と、半七は煙草をすいながら、耳を傾けていた。
「それがきっと大きい蛇だろうとお通は思いまして、膳をそこに置いたままで慌てて引っ返そうとしましたが、怖いもの見たさに、扉のかげに隠れてそっと覗いていますと、梯子を降りて来たのは……。その日はいい天気で、しかも真っ昼間でございますから、土蔵のなかは薄明るく見えましたそうで……。今、みしりみしりと降りて来たのは、一人の若い女のようで、黙って膳に手をかけたかと思うと、こっちで覗いて
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