》すわけにも行かないので、三度の食物は寮番が運んでいた。いかに残酷な六蔵夫婦もこれはあまり心持がいい役目でないのと、お糸と由兵衛とがこの寮へ来て密会する場合に、何かの給仕をするものが無くては不便であるのとで、若い女中を新らしく抱えることになったが、迂濶なものを引き入れては秘密の発覚する虞《おそ》れがあるので、江戸馴れないぼんやりした女を選んだ末に、かのお通を抱える事になったのである。そうして、だんだん使っていると、お通は見掛けよりもしっかりしていて、土蔵のなかの秘密を薄々感付いたらしいので、六蔵もすこし困った。さりとて迂濶に暇を出すのは却って危険なので、その口止め足どめの手段として又もや良次郎を誘い出し、色仕掛けで若い田舎娘を手|懐《なず》けさせようと企てたのであるが、いくらおとなしい良次郎でもたびたび他人《ひと》のあやつり人形になることを承知しなかった。殊にこの頃は自分の前非をしきりに後悔しているので、彼はどうしても素直にそれを承知しないばかりか、却ってお通の味方になって、その手紙を神田の姉のところへ届けてやったので、それが大事を洩らす端緒になってしまった。
 それを知らない六蔵は又
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