人娘のおきわがもう十九になって、親類の手前、世間の手前、相当の婿を貰わなければならないことになった。殊に容貌《きりょう》好しに生まれているので、諸方から縁談を申し込んで来る。それが由兵衛には面白くなかった。かれは自分の甥を店の養子に直して、自分が後見人格でこの大身代を掻きまわそうという悪法を巧《たく》んでいたが、その甥はまだ十五の前髪で、おきわと妻合《めあ》わせるわけには行かない。もう一つには、おきわはなかなか利巧な娘で、自分たちの不義を薄々覚っているらしいので、由兵衛はなにかにつけて彼女を邪魔者と見て、結局お糸をそそのかして彼女を放逐してしまおうと企てたが、なんの落度もない家付きの娘をむやみに追い出すわけには行かないので、かれは更に大胆な計画を立てた。
色に溺れた四十女のお糸はもう我が子の愛を忘れてしまって、由兵衛の計画に同意することになった。由兵衛は先ず寮番の六蔵を抱き込んで、去年の夏おきわをだまして向島の寮へ誘い出して、大きい古土蔵の奥に閉じ籠めてしまったのである。しかし家付きの娘が突然に消えてなくなったと云っては、親類や世間の手前が済まないので、おきわは店の若い者と駈け落ちをしたということを吹聴《ふいちょう》させた。その相手に選み出されたのが彼《か》の良次郎であった。彼はふだんからお糸や由兵衛に眼をかけられているばかりか、年も若し、男振りも好し、おきわの相手と云い触らすには恰好の資格を具えていたので、彼はお糸からいろいろ因果をふくめられて、無理往生に承知させられた。身に覚えのない不義の濡衣《ぬれぎぬ》を被《き》て、しばらく何処にか隠れていてくれれば、三年の後にはきっと取り立ててやる。たとい店へ呼び戻すことが出来ないでも、二百両三百両の纏まった資本《もとで》を渡して、きっと身分の立つようにしてやるという条件付きで、良次郎は忌々ながらそれを引き受けることになった。
この時代の主従関係で、主人が手を下げて頼むものを無下《むげ》には断わりにくいのと、これを引き受ければ行く行くは親孝行ができるという浅はかな考えとで、良次郎はおきわが押し籠められると同時に霊岸島の店をぬけ出した。しかし実家へ帰ってはすぐに露顕するので、彼は綾瀬の方の知己《しるべ》の家に身をかくして、心にもない日蔭者になっていた。
おきわを土蔵のなかに封じ籠めてしまったものの、まさかに飢殺《ほしころ
前へ
次へ
全14ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング