おなじ血をわけた悪党で、兄が仕置になった当時は隣国の越後の方にさまよっていたが、これを聞き伝えて故郷へ帰って来た。新兵衛の裏切りを聞いて彼もひどく憤ったが、自分もうしろ暗い身のうえで、表向きには立派な口を利けないので、恨みを呑んで再びどこへか立ち去ってしまった。
 それから十年ほど経って、長平は久し振りで故郷へ又帰ってくると、嫂《あね》はもう死んでいた。甥の長吉は両国の河童に売られたという噂も聞いた。かさねがさねの一家の悲運を見て、長平もさすがに心さびしくなった。ここらでもう料簡を入れ替えて、兄や自分の罪ほろぼしに六十六部となって廻国修行の旅に出ようと思い立った。彼は仏の像を入れた重い笈《おい》を背負って、錫杖《しゃくじょう》をついて、信州の雪を踏みわけて中仙道へ出た。それから諸国をめぐりあるいて江戸へはいって来たのは、ことしの花ももう散りかかる三月のなかばであった。彼は下谷辺のある安宿を仮《かり》の宿として、江戸市中を毎日遍歴した。
 彼がふた月あまり江戸に足をとどめている間に、殆ど同時に敵と味方とにめぐりあったのであった。かたきは彼《か》のお照の父で、新吉の名を今は新兵衛と呼びかえ
前へ 次へ
全34ページ中30ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング