思った。しかしだんだんその話を聴いてみると、これも一種の復讐には相違なかった。
長吉の父は長左衛門といって、信州善光寺の在《ざい》に住んでいた。お照の父の新兵衛はむかしは新吉といって、やはり同じ村に生まれた者であった。長左衛門も新兵衛も土地では札付きの悪党であったらしい。今から十三年前に二人は共謀して隣り村の或る大尽《だいじん》の家へ押し込みにはいって、主人夫婦と娘とをむごたらしく斬り殺した。その詮議があまり厳重になったので、新兵衛は土地の御用聞きのところへ駈け込んで、その罪人は長左衛門であると密告した。かれも共犯者であるらしいことは御用聞きも薄々察したであろうが、密告の功によって彼は自由に土地を立ち退くことが黙許された。彼はすぐに何処へか逃げてしまった。長左衛門は召捕られて磔刑《はりつけ》になった。
新兵衛は友を売って自分の身を全うしたのである。その事情が長左衛門の遺族の耳にも洩れたが、御用聞きも黙許で彼を逃がしたのであるから、今更どうすることも出来なかった。長左衛門の女房は非常にそれを口惜しがって、死ぬきわまでも不実の友を呪っていた。長左衛門には長平という弟があって、これも兄と
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