い、河童。しっかりしろ。もう人間らしくなったか。ここは料理屋の座敷だが、てめえを調べるのは御用聞きの半七という者だ。楽屋番を相手に微塵棒《みじんぼう》をしゃぶっている時とは訳が違うから、そのつもりで返事をしろ。てめえは今朝、柳橋の芸妓屋へ這い込んで、親父を剃刀で殺したろう。覚えがねえとは云わせねえ。台所の柱にてめえの手のあとが確かに残っていた。さあ、ありていに申し立てろ。第一、てめえにうしろ暗いことがねえならば、なぜ番屋を逃げ出した。おまけに途中で笠を盗んで逃げやがったろう。さあ、証拠はみんな揃っているんだ。これでも恐れ入らねえか」
 相手は子供である。半七に鋭く睨みつけられて、河童はもろく恐れ入った。彼は叔父の長平にそそのかされて、お照の父の新兵衛を殺したに相違ないと素直に白状した。
「それにしても、なぜその新兵衛を殺す気になったんだ。てめえの叔父さんは新兵衛に遺恨があるのか」
「新兵衛という奴はおいらのお父っさんの仇なんだ。おいらあ其の仇討を立派にしたんだ」と、河童は鍋墨のまだ消え切らない顔に大きい眼をひらかせ、俄かに肩をそびやかした。
「仇討……。ほんとうか」と、半七は少し案外に
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