それは河童の長吉であった。かれは武士に手ひどく投げつけられたはずみに、樹の根か杭かで脾腹《ひばら》を打たれたのであろう、片足を水にひたして息が絶えていた。杭に挟まれたのがこっちに取って勿怪《もっけ》の幸いで、さもなければ下流《しもて》の方へ遠く押し流されてしまったかも知れなかった。
「ほんとうに死んだのじゃあるめえ。そこらまで負って行ってやれ」と、半七は云った。
 河童を負って幸次郎は堤へあがった。半七は先へ立って元の料理屋へ引っ返すと、家《うち》じゅうの者はおどろいて騒いだ。怖いもの見たさで女中たちもそっと覗きに来た。
「おい、御亭主。気の毒だがこの河童の始末をして貰いてえ。泥だらけのこの姿じゃあ座敷へ入れることができねえ」
 半七の指図で、店の者は手桶に水を汲んで来た。河童の正体は大抵わかったので、亭主も急に強くなった。彼は家内のものと一緒になって河童の顔や手足を洗ってやった。尻の銀紙を発見したときに亭主も思わず噴き出した。こうした手当てには馴れているので、半七は河童を奥の小座敷へかつぎ込んで介抱すると、長吉はやがて息を吹き返した。半七は更に用意の薬を飲ませた。水を飲ませた。
「や
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